クラブマテの歴史と生い立ち

1924年
小さな醸造所を経営していたジョージ・ラタイヤーは「ゼクト・ブロンテ」という飲料に目をつけました。
ゼクト・ブロンテとは南アメリカ産マテ茶といくつかの素材を使ったノン・アルコール飲料。
「健康に良く、スパークリングワインに似た刺激的でリッチな味わい」というキャッチコピーで発売を開始しました。
当初はバイエルンの一部地域でのみで販売していましたが、またたく間に販売地域が広がりました。
しかしその後、第二次世界大戦が勃発。
ゼクト・ブロンテの製造を中止しましたが、人々はその味を忘れることができません。
戦争が終わるとラタイヤー社はすぐに製造を再開しました。
1957年
ラタイヤー社は投資家のザウワーハイマーを経営者として招きます。その後、彼の情熱と資金によって工場は拡大。迅速に機械化が進み、販売地域も各地に広まり、会社は更なる成功を収めました。
1994年
高齢を理由にザウワーハイマーはゼクト・ブロンテに関するすべてのライセンスをロッシャー醸造所に売り渡しました。ロッシャーは1881年に創業された小さな家族経営の地方の醸造所です。現在、ゼクト・ブロンテは新たなブランド・ネーム、“クラブマテ”として製造販売され 90年代後半にはベルリンのアンダーグラウンドシーン、クリエイターを中心に支持を獲得していきます。 そして、ベルリンでもっともアイコニックな飲料としての地位を獲得しました。
2010年
ロンドンで発売開始。
2011年
パリで発売開始。
2013年
ニューヨークで発売開始。
2014年
シンガポールで発売開始。
2015年
イスタンブールで発売開始。モスクワで発売開始。世界50か国で発売
2017年
日本での販売を開始!